開放弦

2006年8月1日/愛知・愛知厚生年金会館

ペンギンプルペイルパイルズ主宰・倉持裕がパルコ劇場にラブストーリーを書き下ろし、しかもG2が演出するというかなり異色の組み合わせ。キャスティングもどこかひと捻りか、なかなか面白い顔ぶれに。
ぎこちない新婚夫婦、その新郎はバンドのギタリスト。彼を車で轢いてしまう漫画家夫婦。新郎の右腕は動かなくなってしまう。新郎のバンド仲間にして親友と、元恋人にしてマネージャー。そこに漫画家夫婦の担当者が現れる。この不器用な七人が織り成す、不協和音みたいな痛いお話。
とにかく全編にわたって「居心地の悪い」場面が連続。微妙な関係の人間同士が紡ぎだす気まずさと、どことない馴れ馴れしさと。じとっと罪の意識、人間の感情の怖さをそっとあぶりだしていく展開には背筋が凍ることもしばしば。これだけ書くとシリアス一辺倒でドロドロしてしまいそうなところを、倉持裕は巧みに笑いでオブラートに包んでみせる。しかし笑わせることで「いやーな雰囲気」はますます「いやーな雰囲気」に、そのギャップときたら……。登場人物の心理は非常に複雑で、親切心の生む厭らしさやら、下心が思わぬ人間を傷つけてしまうことやら、偶然の悪意やら、「リアルだけど見たくない」状況を生み出すことに事欠かない。
キャラクターをひとりひとり丁寧に描き、その会話には複雑な感情をにじませる。非常にわかりやすく、かつ、極めてわかりにくい戯曲だなという印象。説明台詞を極力排し、自然な展開でキャラクターを描写する手法は効果的。ある部分を非常にはっきりさせる一方、別の部分はとことん隠されている、といった具合。それでも細かくヒントは出していくので、観客は想像によって正しい解釈*1をすることになる。人間関係のリアルさはこのあたりでもよく表れており、「お互いわかってるからこそ言わないこと」というものを演出することに成功している。しかしこの手法によって、登場人物の言葉ひとつひとつを複数の意味で捉えられるようになってしまう。まったくもう、日本語って難しい。
そんなわけでギトギトした人間たちの物語。登場人物は揃いも揃って不器用だし、居心地の悪い感じは少しずつ観客をも巻き込み始める。誰かが行動を起こすたびに確実に事態は悪くなって悪くなって……最後に「弦」がぷつんと切れた時に、これがなぜか感動に包まれる構成。ラブストーリー、しかも純愛ものという売り文句に間違いはなし。タイトルの意味を考えると、なお切なくなる。ちびちびと全体を通して張られた伏線を丁寧に回収しながら進み、しかも7人全員が主人公になるような群像劇であるということは特筆しておきたい。
役者。大倉孝二、脇役ポジションながら主役。狂言回しっぽくもある役柄をこなし。時折発揮するセンスの良さには唸らされるばかり。水野美紀、やや硬さが残るも新妻役を自然体で。京野ことみ、もうとにかく嫌な女をいやらしく演じ。観客すら殺意を抱くか?丸山智己、実質大主演の大活躍。儚い雰囲気もたたえての演技に釘付け。特に終盤は独壇場!伊藤正之、はっきりしない人をうまい匙加減で。独特の存在感は今回も。犬山イヌコ、一番悲しいであろう役にどっぷり。ヘビーで笑いづらい笑いもすっきり見せ、シリアスとの落差に愕然とする。河原雅彦、いい加減ででも実は愛のある役柄……をやらせたら天下一。今回はそれに加え、細かく無意識の悪を忍ばせる。ある意味一番残酷か?
渡辺香津美は要所要所で展開をもりあげていく音楽を担当、さっぱりしたものからじとっとしたものまで様々。是非耳にも意識を集中して聴くべき。少々軽めのサウンドがすばらしい。演出G2、今回はこれまでパルコ・リコモーション提携公演で見せてきた「炸裂演出」を封印。役者を中心にしっかり据えてブレさせず、それぞれの持ち味を引き出す、比較的正統派の演出で勝負。これが成功か。とはいえ、暗転時の演出はやはりいつものG2演出を彷彿とさせ。客席が吸い込まれたその演出は、やはり劇場で観る価値あり。

*1:か、それにかなり近い解釈