パルコプロデュース「噂の男」

2006年9月22日/愛知・名古屋市民会館 中ホール(ソワレ・大千秋楽)

なにこの豪華な顔合わせ、と情報解禁の時点でびっくりしていた作品。「いい話」を書く福島三郎にあえて「いやな話」を書かせ、それをケラが演出するという企画に、小劇場の大スター*1たちが乗っかる。もうこれに期待しないはずがない。
舞台は大阪の演芸場、のボイラー室。かつて人気を博したお笑いコンビ「パンストキッチン」……のボケ、アキラの12回目の命日。演芸場の管理人(パンストキッチンの元マネージャー)、「パンストキッチン」のツッコミであった今や落ちぶれた男、演芸場を訪れるボイラー技師、飛ぶ鳥を落とす勢いのピン芸人、夫婦漫才コンビ「骨なしポテト」のふたり、そして甦るアキラの霊……。六人の男と一人の女による、12年の時を超えた「いやーなお話」。
福島作品の持つ優しさ、箸休め的感覚を出来るだけ排するかたちで、ケラがとことん潤色。「笑い」に執着する人々が、どんどん笑えない状況に追い込まれていく様を描く。誰もがいい人で、同時に誰もが極悪人。人間のエゴやら何やら、本性はしょうもない薄皮で覆われているだけなんだよ、と残酷に突きつけるような作品。本当にどす黒く、人間の汚い部分を抉り出していくシリアスな物語でありつつも、やはり軽妙なコメディという薄皮に覆われ。
12年前と現在、ふたつの時系列を並べて謎解き。アキラが死んだ理由、その直前に何があったのか、そして今アキラが甦り、演芸場に何が起ころうとしているのか。登場人物もふたつの時系列でそれぞれ移動、それぞれがふたつの時系列で様々な思惑を抱えて……。ものすごい悪意が見え隠れ、人間の腹黒さがどんどん暴かれる。しかしそれと同時にそれぞれの登場人物の優しさもあぶりだされ。なるほど福島三郎、人間の二面性ほどいやーなものはないぞ、ということか。
しかし実はコメディとしても秀逸で、暴力的だったり性的だったりするケラなりのブラックユーモアも全編に張り巡らされ。身の毛もよだつような場面と笑える場面が交互に来るので観客は気が抜けず。笑っていいのかよくないのか、中盤以降はかなり悩むこと必至。パンチの利いたギャグは相変わらず冴え。また、福島三郎によるものだろうと思われる、どこか虚弱でありつつ温かい笑いも。どこで笑うかは人それぞれ、笑えるはずの場面でぞくっとすることもしばしば、か。役者による軽妙な会話、緩急のついた展開、テンポの良さには爆笑させられる。
特筆すべきは漫才シーン。橋本じゅん橋本さとしによる漫才は本業の芸人顔負け。とにかく勢いがありつつ丁寧で、つるっと見せてどかんと笑いをとっていく。中川家のテキストを借りているだけあってか、ネタのクオリティも高い。やはりネタそのものもよく出来ているだけに、役者が演じても面白い。しかし役者でここまでうまく漫才を演じられるのも稀有なはず。*2この漫才を見るだけでも価値はある、と言い切ってしまいたい。
が、笑いに彩られてはいるものの、展開はとにかく怖い。ヒューマンドラマでありつつもサスペンス風味な味付けがされ、一番怖いのは人間だといわんばかり。大音量で驚かせるような怖さはなし、とにかく精神面に食い込んでくる厭らしさ。ガキっぽい苛め、とにかく痛い虐待、視覚的にもつらい場面は連続。生きている動物をあらかじめ見せておいて後で死体を見せる*3演出は本当にえぐい。長塚圭史らもやる手法だけど、ケラの手にかかるとまた違った痛みを伴う。役者の演技も秀逸、どこか非現実な怖さにもリアルさを持ち込み。思わず目を覆いたくなる状況なのに、どこか落ち着いてみている自分がいる。なるほどこれが「いやーなお話」なわけだ。丁寧に人物描写を重ね、そこにこれまた計算された伏線を張る、ケラお得意の手法はここにもありか。
とはいえこれも特筆すべきことなのだけれど、福島作品特有の温かみも共存。ケラがあえて残したであろうそれらの場面には、ふっと優しげな気分になり。微妙に人間の美しい部分も添えているのが、福島三郎らしいところか。
ビターな福島、スイートなケラ、どころではない。それぞれが結局は持ち味を発揮した、恐るべき組み合わせ。これぞ奇跡の顔合わせというべきか。冷たくも温かく、残酷でも癒しがあり、結末はそのふたつが同居したもの。決してハッピーエンドではない、後味もよくない、しかし後に残るこの余韻はなんだろう、と思ってしまう。恐らく福島三郎による台本をそのままケラが演出したのでは、こうはならなかったはず。不思議なものだ。
役者。堺雅人、屈折した人間を一見真っ当に見せてしまう芝居は天下一品。理想の人間を自分の中で正当化、その恐ろしさを笑顔に秘める。すべてを抑えつつ、抑えているすべてをじっとりと滲ませる怪演。橋本じゅん、過去パートも現在パートも器用にこなし。廃人演技の迫力には度肝を抜かれ。笑わせつつもそれだけにとどまらないエネルギー。すごい。八嶋智人、かるーいキャラも後半の豹変ぶりも彼なりの演技で確立。特に後半ブチキレてからの怖さは……。身体をフルに使ったバイオレンスシーンに衝撃。山内圭哉、最初は嫌な奴ながら実はもっともマトモな人間で。細かく笑わせる芝居はさすが。ツボを押さえた大真面目な台詞にほろりとすること請け合い。透けてみえる優しさを体現。橋本さとし、脂ののった芝居に驚嘆。優しさと狂気を交互に見せてぞくり。表情の怖さも随一。超柔軟。猪岐英人、水野顕子は五人の男に引けをとらない演技で好印象。フレッシュ。

*1:橋本さとしは今や帝国劇場とか進出してるけど

*2:某ドラマで堂本剛伊藤淳史がやっていたものなどは目もあてられなかった

*3:もちろん作り物だけど